トキです。
味噌汁をこぼしてしまう。
何気ないことではありますが、実はこれには重要な意味が隠されております。
今回はこのテーマで語らせていただきます。
味噌汁をこぼすことのスピリチュアルな意味
未曾有のことが起きる
味噌が「まだ未熟なもの」であると同時に、そこから変化・成長していく「未醤」、または未だかつてないことを意味する「未曾有」という意味もございます。
味噌汁をこぼした時はこの未曾有のことが起きる可能性がございます。
これは世界的な規模のものではなく、あなた個人のことです。
良くも悪くもどちらの可能性もあるのですが、どちらが起きても対処可能なことでもありますので何が起きても冷静に。
そして今から心の準備を整えておくと良いでしょう。
未熟な状態が改善しつつある
味噌の語源は古代中国の塩蔵食品である「醤(しょう)」に由来し、まだ醤になる前の未熟な状態です。
そんな味噌をこぼすことは未熟な状態が広がる、つまり薄まるということですので改善を示唆していることがあります。
未熟な状態が改善しつつあるということは、あなたは確実に成長して弱点や欠点がなくなりつつあると言うことです。
あなたがしていることは間違っていないと言うことの証でもあるので、今の自分を信じてそのまま突き進んでいきましょう。
神聖な存在と繋がる可能性がある(または繋がった)
神道では自然とのつながりを重視しており、発酵によって食材が変化し、浄化される味噌は神聖な食材でもあります。
そんな味噌汁をこぼした時は、神聖な存在とつながる可能性がございます。
また、すでに繋がっていることもございます。
どちらにせよ、すでに神聖な存在があなたの近くにいる可能性が高いので、粗相をしないように気をつけていきましょう。
ネガティブに偏ってきている
これは思考がネガティブに偏ってきていると言うことですね。
味噌は未熟な状態とお伝えしましたが、決してネガティブなものではございません。
むしろ、日本人の食卓には欠かせない非常に大切なもの。
そして飲むことでホッと安らぐことができるものでもあります。
そんな味噌をこぼすと言うことは、安らぎが欠けておりネガティブに偏ってきていることがあるのです。
もし、心当たりがある場合はネガポジ変換を意識していくと良いでしょう。
これはつまりネガティブをポジティブに変換する作業ですね。
そのためにあなたにも重要なことをお伝え致しましょう。
まずはイライラを我慢しないことです。
思いもよらぬ瞬間に、イラッとさせられる誰にでもあるかと思います。
私も自分のことを批判されるのは余裕を持って受け流せる、あるいは受け入れることができるのですが、自分が好きなものを批判されることには苛立ってしまうことがございます。
そのような時、だからといってぐっとこらえるのも、実はよくありません。
なぜならその場は怒りを抑えつけられても、ネガティブをポジティブに変換する作業に支障が出ることがあるのですよ。
もちろん、それは毎回必ずと言うわけではありませんが、 イライラしたのにそれを我慢して笑顔をつくるということは、自分に嘘をつくことです。
ではどうすれば良いか。
それはイライラを大きな声に乗せることです。
ですが怒りに身を任せて
「◯ね!!!!!!!!!!!!!!!!」
などと叫ぶのはもちろんNGです。
一番良いのは歌を大きな声で歌うことです。
ポイントとしては怒りがテーマの歌を歌うことです。
そこにたとえよくない言葉が含まれていたとしても、それはあくまであなた様が考えて生み出した歌詞ではないので問題ございません。
よくない怒りの言葉でも他人の曲を歌うということは、他人の言葉を借りて歌うということですので、決してネガティブな影響は出ないのです。
むしろ、大きな声で怒りがテーマの曲を歌うことで共感性が発動し、スッキリとすることになるのですよ。
ただし、その場に他の人がいるとあなたの怒りの影響を受けてしまうことがあるので、一人で歌うことが重要です。
悪魔の誘惑に乗ってしまう可能性がある
味噌汁をこぼすことは、茶碗が割れたり、コップを落として水をぶちまけるなどと同じで不吉なことが起きたことを示すサインでもあります。
その一つが悪魔の誘惑に乗る可能性です。
あくまで可能性であり、確定事項ではないのですが注意が必要です。
「悪魔の誘惑」とは、イエス・キリストが荒野で悪魔から受けた、神の御心に反して自己の欲望や力に屈するよう仕向ける「試練」のことで、現代においては人生の節目で直面する、善意や良心に付け込むような誘惑を指します。
これは罪を犯し、サタン(悪魔)に従うようにそそのかすことであり、信仰を持つ者が神に従って生きる方法を学ぶための教訓でもあります
悪魔の誘惑といえば、イエス・キリスト以外にも偉大な聖人たちにも有名なエピソードがございます。
仏教の創始者ブッダは瞑想中にマーラ(悪魔)から3つの誘惑を受けます。
キリスト教の創始者イエスは、荒れた野原での40日間の断食中にサタン(悪魔)から3つの誘惑をうけます。「荒野の誘惑」というエピソードです。
誘惑の中身は「あらゆるこの世の権力や富を与える」みたいなことです。
あなたは王様か女王様のごとく偉大な存在で、何でも思い通りになるよと、ささやいてくるのです。
一般の方に訪れる誘惑としては
「堕落への誘惑」です。
乗ることで何らかの禁忌をおかすことになったり、太ったり、何らかのリスクにつながることもあります。
そんな堕落への誘惑を避けるのに一番効果的なのは
「シャットアウト法」です。
例えば
「ちょっとぐらい会社サボっても構わねえじゃん。」
という悪魔の誘惑があったとします。
そのような時は
「うるさい黙れ。」
とぴしゃっと、NOを突きつけるのです。
その後も
「でも今疲れているじゃん。
一回ぐらいサボっても問題ねえよ。」
などとしつこく食い下がってくるかもしれませんが、そのような時も毅然として
「うるさい黙れ。」と繰り返してください。
有無を言わさず誘惑を拒絶することで、徐々に悪魔の誘惑は減っていくことになるのです。
