トキです。
今回は寂しいと感じている方は必見の記事となります。
寂しいという感情は強まると最悪の結果につながることもあるので、無視してはいけません。
また、間違った行動をとることもよくありません。
そこで寂しさを満たすような行動についてまとめてみました。
寂しい人生を送っている、と感じた時に行うべきスピリチュアルな行動
外に出る回数を増やす
この時注意するべきなのが
「人とあまり触れ合わないこと。」
です。
「え?寂しいと感じているんなら人と触れ合った方がいいじゃん。」
と思われるかもしれませんが、人と触れ合っても寂しさは埋められないことも多いです。
実際、妻子のいる既婚者の方からも「寂しくてたまらない」といったご相談をいただくことも非常に多いですから。
独身の方からすると愛する家族がいるのであれば寂しさなど感じないのでは?
と思ってしまうかもしれませんね。
ですが寂しさの根底にあるのは人との触れ合いが少ないから、というよりは心が満たされていないためです。
人との触れ合いで、心が満たされる方もいらっしゃいますが、相性が悪い方やよくない方と触れ合うことで、余計満たされない気持ちは加速してしまうことがあるのです。
ですので
「寂しいな。」
と感じて人を選ばず、人との交流を増やせば逆効果になることも少なくないのです。
それよりかは、人よりも満たされない気持ち(心)に意識を向けてあげた方が良いです。
そしてその満たされない気持ちは毎日同じことの繰り返しによる退屈さや、真新しさのないことからくることが多く、平日はオフィスでデスクワーク、休日は家の中に篭りっぱなしという方が多いです。
そこで最も簡単な心の満たし方は外に出て外の空気や匂い、風、太陽の光を感じることです。
それだけでも満たされない気持ちにエネルギーを注いでくれます。
そこから一歩踏み込み、まだ訪れたことのない「未開の地」を訪れるようにするとより効果的です。
未開の地というと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、降りたことのない駅で途中下車して、歩いたことのない道を歩いたり、入ったことのないお店に入ってみるだけでも十分です。
どのような方の中にも「好奇心」というものがありますが、新しい物を見聞きしたり、体験することでその好奇心は満たされ、満たされない気持ちも満たされることとなるのです。
SNS断ちをする
もし、あなたがSNSをよく利用しているというのであれば、それを一時的に控えてみましょう。
SNSのキラキラした世界は、心が病んでいる時や寂しいと感じる時は見るべきではありません。
どうしても
「この人はこんなにも充実しているのに自分は。」
と比較してしまい、余計落ち込んでしまうのです。
また心が病んでいる時、落ち込んでいる時は
「この人はこんなにも可愛いのに私はなんでこんなブスなんだろう。」
とルッキズムを加速させ、余計自分のコンプレックスを拗らせてしまうこともあります。
一人旅に出かける
寂しさを頻繁に感じるのであれば月に一回、近場でも、日帰りでも構いませんので旅行に出かけましょう。
旅行で得られるスピリチュアル効果は
リフレッシュ効果
波動や運気の質の向上
良質なひらめき効果
土地とのご縁効果
新しい出会い効果
問題解決効果
などなど、得られるものが多数あり、一人旅でも心は満たされやすいです。
ラグジュアリーな体験を行ってみる
もし、独身でお金を自由に使える、というのであれば自分への投資としてとても効果的なのがラグジュアリーな体験を行うことです。
こちらは上質で特別な体験を指します。
そのためには、高価でハイクラス、ハイエンドなものを選ぶようにすると良いでしょう。
ホテルはスイート、新幹線はグリーン、飛行機はファースト、レストランは予約制の高級レストランを。
もっと余裕があるのであれば高級クルーズなどを行っても良いでしょう。
「でも先生、私は友達がいないんですよ。
一人でこれを行うわけにはいきませんよね?」
という方もいらっしゃるかもしれませんが、一人で全く問題ございません。
一人でもやはりお金をかけたラグジュアリーな体験は驚くほど心を満たしてくれるものです。
たとえ一人だとしても全く「寂しい」と感じることはないでしょう。
むしろ最初から最後までキラキラとした非日常な空間・体験にワクワクがとまらなくなるはずです。
そして一度体験したら「また頑張ってお金を稼いで楽しも。」と心の拠り所となることも多いです。
風景禅を行う
歴史ある神社仏閣には昔から変わらない美しい景色があります。
その美しい景色を前にしても時間を気にして烏の行水の如く去ってしまうのはもったいないことです。
「ああ、美しいな。」
と感じた時は、時間を忘れて坐禅を組みましょう。
立ちながら眺めたり、歩きながら眺めたりもできますが、坐禅を組むということがとても大切です。
美しい風景を眺めながら坐禅を組むことで、心を静め、自己と向き合い、内面の平穏や悟りを得ることができるのです。
これが風景禅というものです。
日本人である我々は座すことで観察をし、思索をする生き物だということはご存知でしょうか。
何を考えるかは人によって違いますが、ある人は庭と対峙してその庭のことを考えるでしょう。
その行為は、数百年という時間の隔たりを超えて、その神社仏閣とゆかりある過去の人たちと静かに会話を楽しむことでもあるのです。
そのゆったりとした時間の流れのなかに、自らの存在を見いだそうとする。日常の自分自身の姿を見つめなおすとても大切な時間となります。
これを趣味にすることで、不思議と「寂しい」と感じることもなくなるでしょう。
なお、今回は神社仏閣での景色と限定してしまいましたが、もちろん他にも美しいと感じる景色と坐禅を汲むスペースがあるのであれば、どこでも有効です。
人に尽くしてみる
欲にとらわれず、何事にも執着せず、一点の曇りもない状態。
それが「無」の状態です。
この「空の思想」のベースにあるのは、お釈迦様の根本的な教えである「無常無我」となります。
人間の苦しみは、この「無常無我」を自覚しないところにあると説いておりますが、寂しさも苦しみのうちの一つです。
つまり、この世の物事が常に変わらないものだと考えるところから、迷いや苦しみは始まるのですね。
自分や自分がもっている物、あるいは自分を取り巻く人はすべて変わることはないと考え、変わらないことを無意識のうちに期待していたりもします。
だからこそ、その期待が裏切られたときに、人は悩み苦しむというわけです。
全て物事は互いに影響し合っています。
自分が幸せになりたいと思うなら、周りの人たちも幸せでなければなりません。そのために他人に尽くすことが、自らの幸福につながっていくのです。
寂しさとは心が欲求不満になっているから生じる感情ですが、他人に尽くしていくことでこの欲求は収まっていきます。
そして尽くす人の選定基準ですが
「自分の身近にいる人で、最も好感を抱いている方」です。
恋愛的な「好き」だけでなく、人間的に「好き」と感じている方も含みます。
既婚者の方でも、ご家族に好感を持てないというのであれば、ご家族以外の同僚やご友人などに目を向けてみましょう。
なお、上記で人を選ばずに人と交流しようとするとむしろ逆効果とお伝えしましたように、尽くす方の選定には細心の注意を払うようにしましょう。
