トキです。
土砂降りの雨にはどのような意味があるかはご存知ですか?
実は深いスピリチュアルな意味がありますので今回の記事で詳しく掘り下げていきます。
土砂降りの雨のスピリチュアルな意味とは?
強烈なエネルギーが集中している
雨自体にもなかかなか強いエネルギーがありますが、それがものすごい勢いの土砂降りだともうエネルギーの嵐です。
土砂降りの雨に打たれると「痛い」と感じることはございませんか?
それは気のせいではありません。
雨に込められたエネルギーの強さや勢いを浴びれば自然な反応です。
では土砂降りの雨に打たれればエネルギーが吸収できるのでは?
と思われたかもしれませんがそう単純なものではありません。
まず、強烈なエネルギーとなりますので体が弱い方や、弱っている方、病み上がりの方、寝不足の方は避けてください。
傘を持ってないのに土砂降りの雨が降ってきた場合はすぐにコンビニでビニール傘を買ってください。
そして健康体でエネルギーに満ちている場合でも全身はかなり高刺激です。
例えるのであれば濃度の濃い温泉に長時間浸かるようなものです。
そこで全身ではなく一部、手だけでそのエネルギーを受け止めるのがおすすめです。
土砂降りの雨が降ってきたら窓から手を出して
「あー、降ってきて降ってきた」
と確かめる方は多いですがあれが正解例です。
ただし、打たれる時間は30秒ぐらいで十分です。
そうすれば負担なく雨のエネルギーを吸収できます。
神が荒ぶっている
時々雨は神の怒りと言われますが、正確には怒っている時だけではありません。
何らかの高出力のスキルを使ったり、神々と争っている時にもその衝撃やインパクトの余波で大雨が降ることがあるのです。
ただし、その影響は土砂降りの雨ぐらいで他に何か良くない影響が出るようなことはありません。
中捨という心のバランスを取る必要がある
土砂降りの雨は心のバランスが崩れたことを見していることがあります。
そして中捨は日本語で「中捨(ちゅうしゃ)」を意味します。
これは仏教心理学『アビダンマ(Abhidhamma)』に登場する概念で、52種類の心所(cetasika)、つまり「心を構成する成分」のひとつです。サンスクリット語ではタトラマッジャッタターと呼ばれます。
この言葉を分解すると、「タトラ」は「そこに(その場に)」、「マッジャッタター」は「真ん中に立つこと(中立)」を意味します。つまり、何かが起きたその場所で、右にも左にも、好きにも嫌いにも偏らず、どっしりと中央に居続ける心のあり方を指しているのです。
私たちは日々、仕事の成果に一喜一憂したり、恋愛の波に翻弄されたり、人間関係で心が揺れ動いたりします。しかし、何事もバランスが肝心です。
過度な執着を捨てることは 必死になりすぎて周りが見えなくなるのを防ぎます。
無関心とは違う強さは「どうでもいい」と突き放すのではなく、状況をありのままに見つめる静かな勇気です。
仕事も勉学も、そして大切な人との距離感も、この「中捨」の心を持って向き合うことで、私たちはもっと自由に、軽やかに生きていくことができるはずです。
心が揺れ動いたときこそ、自分の中にこの「中立な成分」があることを思い出してみてください。
何らかのシグナルが発生している
突然の土砂降りに遭遇している時、私たちの内側では必ず何らかのシグナルが発せられています。
もっとも分かりやすいシグナルは、「痛み」「痒み」「熱さ」「冷たさ」といった身体的な反応です。
これらは、生命を維持するために体が発信してくれる緊急事態のサイン。この明快なアラートがあるからこそ、私たちは致命的な事態になる前に、自らの異常に気づき、対処することができます。
しかし、問題なのはもっと手前、空が暗くなり始める前の段階で発せられるわかりにくいシグナルです。
例えば、言葉にできない喉の奥のつかえ、胸のざわつき、あるいは妙に記憶に残る意味深な夢。こ
れらは、論理的な思考では見落としてしまうほど微細で、日常の喧騒にかき消されてしまいがちなものです。多くの人は、この段階ではまだ「何かが起きている」とは気づきません。
ですが、もしそのシグナルの重要度が高い場合、それは一度きりでは終わりません。あなたが気づくまで、手を変え品を変え、何度も何度も繰り返し発信され続けることになります。
土砂降りの激しい雨音に飲み込まれてしまう前に。その小さな「違和感」という名の予報を、静かに受け止めてみる必要があるのかもしれません。
不安が強まってきた
雨は不安を意味するものですが、土砂降りだとその不安はかなり強いこととなります。
そして不安が強まり、いつの間にか深い悲しみへと姿を変えてしまうことがあります。私たちは日々、形のない不安に追い回され、過分なストレスを抱えてしまいがちです。
しかし、そもそも不安」とは何でしょうか? それは、脳が未来を予測し、私たちに危険を知らせるための大切な生理反応です。
人間が生存する上で必要不可欠なシステムであり、決して「消し去るべき悪者」ではありません。
ここで重要なのは、多くの人が不安=苦しみと混同しているという点です。
では、私たちが本当につらいと感じている「苦しみ」の正体とは一体何なのか。それは、ストレスクリア®心理学」において定義される葛藤に他なりません。
葛藤は、不安のような反射的な反応ではなく、私たちの思考が生み出すものです。
「こうなりたい、でもできない」「不安を感じてはいけない」といった心の綱引きが、ただの生理現象を「苦しみ」へと増幅させます。
ですが、どうか安心してください。葛藤があるからこそ、人間は深く成長できます。 葛藤の末に味わう苦しみや悲しみは、決して無駄な遠回りではありません。それらは自分自身の本当の望みに気づき、新しいステージへと進むための、尊いエネルギー源なのです。
